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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8871号 判決

原告 斎藤省三

被告 東京協同タクシー株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、双方の申立

原告は、

「被告会社の昭和三〇年八月二〇日の臨時株主総会における船橋キセ、皆川渉、関戸石峰を取締役に、船橋英次を監査役に各選任する旨の決議を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、被告は、訴却下の判決を求めた。

二、請求原因

被告は、一般乗用旅客自動車運送事業を主たる目的として昭和二七年八月五日設立された資本金一、〇〇〇万円、発行済株式の総数二万株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であり、原告は、同会社の取締役であるとともに、一、五〇〇株の株主でもある。

被告は、昭和三〇年八月二〇日午前一〇時東京都荒川区日暮里町二丁目一七四番地の被告会社本店において臨時株主総会を開催し請求の趣旨第一項記載の決議がなされたとして、同年九月一六日その旨の登記を了した。

ところが、原告は、右総会を招集するための取締役会及び同総会につき、いずれもその招集通知を受けていない。従つて、右総会の招集手続は法令に違反するものであるから、原告は、ここに同決議の取消を求める。

三、被告の答弁

原告主張の事実中、原告が被告会社の取締役であり、又一、五〇〇株の株主であることを否認し、その余は認める。

原告は、昭和二九年一二月三〇日被告会社から退職金名下に自動車ルノー一台の交付を受けて取締役を辞任し、又同時にその所有する被告会社の株式一、五〇〇株全部を代表取締役船橋キセに譲渡した。よつて、原告は、被告会社の株主でも取締役でもなく、本件訴訟の当事者適格を有しないから、訴却下の判決を求める。

四、原告の反論

被告主張の日に原告が被告会社からルノー一台の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

ルノーは、原告が同会社のため尽力した功績に報いるものとして会社から贈与を受けたものであり、退職金に代るごときものではない。即ち、被告会社の設立とともに代表取締役に就任した船橋キセは、自動車事業に無経験であり、同人の姉が原告の妻であつた関係上、その途の専門家である原告に協力を求めたので、原告は、同会社の設立以来取締役として尽力を惜しまなかつたのである。ところが、昭和二九年一二月末ごろ、原告は、船橋と意見が合わぬため同会社を退くこととなつたので、ひとまず原告の従来の功績に報いるものとして被告会社よりルノー一台の交付を受け、原告の持株については、会社の資産内容と比較検討して然るべき価格を決定した上原告より船橋に譲渡し、同時に原告が取締役を辞任することとなつた。当時における会社の営業状況は益々良好であつて、会社財産は、自動車三三台のほか不動産及び借地権を合わせ二、八〇〇万円を超えており、この資産内容からすれば、原告の持株一、五〇〇株の実価は二一〇万円以上であつた。他方、原告の交付を受けたルノーは、一九五四年型の中古車で、昭和二九年一二月当時の評価額は約二五万円にすぎない。従つてこのようなルノーと引き換えに、実価二一〇万円以上の株式を譲渡し、又取締役を辞任するようなことは有り得ないのである。

五、証拠〈省略〉

理由

一、先ず、原告が被告会社の株主であり、又取締役たる地位を有するか否かにつき判断する。

成立に争のない乙第二号証の一ないし三、に証人小日向長吉、皆川渉、被告会社代表者船橋キセの各供述を綜合すれば、次の事実が認められる。

被告会社は、一般乗用旅客自動車運送事業を主たる目的として、昭和二七年八月五日設立された資本の額一、〇〇〇万円の株式会社であり(以上の事実は当事者間に争がない。)原告の妻の妹である船橋キセが代表取締役に就任して発足し、原告も設立以来の取締役であるとともに二八〇株の株主であつたが、同会社は営業振わず、昭和二九年六月ごろには負債の額が二、六〇〇万円余に達して遂に不渡手形を出すに至り、同年一二月原告は船橋との意見の相違等から、取締役を辞任し全株式を譲渡して同会社より退くこととなつた。そこで同月末、原告は、取締役を辞任して所有株式を全部船橋キセに譲渡し、その代償として、当時の被告会社の窮境にも拘らず、原告が代表取締役である船橋と前記姻族関係にあるところから、会社より時価約六〇万円の一九五四年型ルノー一台(同年六月に新規購入したもの)の交付を受けた。

以上のとおり認められるのであつて、原告本人の供述中右認定に反する部分は措信せず、他に前認定を左右するに足りる証拠は存しない。

従つて、原告は、昭和二九年一二月末被告会社の全株式を譲渡し又取締役を辞任したのであるが、成立に争のない甲第一号証によれば、当時における被告会社の取締役は、船橋キセ、皆川渉、原告の三名であるから、原告の右辞任により法律所定の取締役の定員を欠く結果となり、商法第二五八条第一項に従つて、原告は新たに選任された取締役の就任する迄依然取締役としての権利義務を有することととなる。そこで、本件総会により新たに選任された三名の取締役の就任により商法第二五八条第一項による取締役としての原告の地位が消滅するか否かが問題となる。

取り消し得べき法律行為も取り消される迄は一応有効として取り扱われるという一般原則をこの場合にも適用するならば、原告は、本件訴による決議取消判決が確定して始めて商法第二五八条第一項により取締役たる権利義務を有することとなり、右決議後取消判決確定迄の間はこれを有しないことに帰する。この立場からすれば、瑕疵ある決議により取締役の改選が行われた場合、右決議の取消権者としての取締役は、当該決議により選任された取締役を意味することになるが、決議の取消により自己の取締役たる地位は消滅するのであるから、一般的に見て、このような自己に不利益な結果をもたらす決議取消の訴の提起を該取締役に期待することは、極めて困難というの外はない。この不都合は、或株式総会で瑕疵ある決議により取締役全員が解任され、新陣容の取締役が選任された場合に更に明らかとなる。即ち、前記立場に従えば、旧取締役は、株主たる地位を有しない以上、その決議の取消を求め得ず、他方新取締役は、自己の利益に反する故、やはり決議取消を求めないであろうからである。従つて、商法第二四七条により、取締役をして、株主と並んで決議の瑕疵を攻撃せしめ、総会の運営を監督させようとする法の趣旨に沿う為には、決議の取消権者たる取締役の資格決定につき、前記法律行為の取消理論の適用に修正を加える必要があるものというべきである。即ち、右決議により取締役たる地位を失つた者は、係争決議の取消により取締役に復帰する可能性を有するのであるから、その取締役たる潜在的地位に基いて決議取消の訴を提起する資格を有するものと解するのを相当とする。

よつて、右解釈に従うときは、本件の場合、原告は商法第二五八条第一項によりなお取締役としての権利義務を有することとなるから、本件取消の訴を提起し得るものというべきである。

二、進んで、右総会の招集手続に原告主張の取消原因が存するか否かにつき判断する。

被告会社が、原告に対し、同総会を招集するための取締役会及び総会の各招集通知をしていないことは、当事者間に争がない。原告が右総会当時既に株主でないことは、前認定のとおりであるから、原告に総会の招集通知をしなかつたことは何等違法ではない。ところが、総会招集のための取締役会開催当時は、前述のように、原告は商法第二五八条第一項により取締役たる権利義務を有したのであるから、これに対する取締役会の招集通知を怠つたことは、違法のそしりを免れない。しかし、成立に争のない乙第一号証及び被告代表者本人の供述によれば、原告を除く他の二名の取締役即ち船橋キセと皆川渉は、昭和三〇年八月被告会社の本店で取締役会を開いて過半数の定足数をみたした上本件総会招集の件を決議し、右決議に基き代表取締役船橋キセが総会を招集したことが認められる。故に、原告を除く他の取締役二名が取締役会に出席してその定足数をみたし、一致して本件総会の招集を決議した以上、原告に対する招集手続の懈怠は、取締役会の決議の結果に何等の影響も来さなかつたのであるから、右決議の無効原因とはなり得ず、従つて本件総会決議の取消原因ともなり得ないというべきである。

三、以上のとおり、本件総会決議の招集手続につき原告の主張するような取消原因は存しないから、右決議の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却するものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 宍戸清七 高林克己)

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